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体験談

競輪との三度の出会い

2018/10/09

メモ帳

小さい頃、父が公務員であったため、4階建ての官舎に住んでいました。官舎にはいろいろな人が住んでいて、そのなかの人に、競輪をしているらしき若い男性がいました。もちろん、その人の父親が官公庁勤めだったので、その人も官舎に住まわれていたわけですが。

私は、まだ幼かったため、それがいわゆるプロの競輪の選手だったのか、それとも、オリンピックなどの競技としての競輪の選手だったのか、定かではありません。

ただ、いつも4階のお宅から自転車を担いで、階段を下りていく姿を拝見していて、このお兄ちゃんの自転車変わってるな、なぜお兄ちゃんは、自転車置き場に自転車を置いておかないんだろう、と思った記憶があります。そのお兄ちゃんのことは、官舎を出ていったあとは、すっかり忘れてしまっていて、その後の私と競輪との出会いはもう少し後になります。

次の競輪との出会いは、橋本聖子さんでした。

当時冬季オリンピックのスピードスケートで活躍されていた橋本聖子選手が、夏のオリンピックで、競輪の代表として選ばれた、というニュースでした。橋本聖子さんは、スピードスケートの訓練のために競輪をされていただけ、でしたが、それにも関わらず、夏のオリンピックの競輪の代表として選ばれた、というのは、少々複雑な思いでした。

夏のオリンピックを目指して一生懸命励んできた選手の方々は、この橋本聖子さんの行動をどう考えていたのだろう、と思ったりふがいないな、と思ったりでした。

ただ、その時その橋本聖子さんの競技の姿を見ていて、幼い頃の官舎で見かけたお兄ちゃんというのは、競輪の選手だったのだと初めて気づいた次第です。

三度目の競輪との出会いは、夫の母親の職業が、競輪を行っている施設の嘱託職員だったということからです。夫の母親の職業がそういったものであるとは、結婚をしてしばらくするまで知りませんでした。夫からは、嘱託の公務員のようなもの、と聞いていましたし、夫の母親からもお役所のお仕事、と聞いていたからです。

ただ、しばらくして私たちがお盆やゴールデンウィークなどに、夫の実家に遊びに行った時、今日は仕事だからと言われて、初めてその時そういった仕事だという事を知りました。翌日の新聞を見て、昨日の売上はこうだった、忙しかったと言われて、初めて知ったわけです。

ここで思ったのは、なぜ正直に言ってくれなかったのかな、ということです。何も隠すようなことではないのにと思った次第です。そこから、夫の母親が定年退職をするまでの間、私にとっては結構身近な存在であった競輪でした。今は、夫の母親も退職をしてしまったので、少々疎遠になってしまいましたが。

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