数少ない父との思い出
埼玉県北部に住んでいた事もあり、前橋グリーンドームに年末になると、父が競輪を見にいくのですが、よく子供の頃に連れて行ってもらった記憶があります。
父とはあまり仲がいいとは言えません。しかしそんな中でも年明けにやるのですが今となっては他界した父との思い出かも知れません。
当時吉岡選手と、やや後からだったと思いますが神山選手というのが居たと思います。父は吉岡選手のファンでした。余談ではありますが、実は同級生のお父さんが競輪選手でしたでもB級クラスと覚えていますが、その兄も競輪選手ですがS級の選手だったようです。
名前までは記憶していません。父はそういう訳で結構競輪はかなり好きなギャンブルの一つだったのだと思います。
しかし子供ですから競輪なんて分からない。楽しみなのは、競輪場に売っている飲食です。勝てば色々なものが食べられるし、負ければまあだめですよね。私にとっても、お年玉と同時においしいものが食べられるイベントみたいなものです。
今でも鮮明に覚えているのが、ものすごいヤジです。最後暫くぐるぐる走るわけですけど、負けてしまった選手に浴びせられる罵声は、そこまでいうの?というヤジばかりでした。
子供ながらに怖いところだなと思いましたし、最後自転車をわざと転倒させて反則とかいうのもありました。自転車のスポークはまがり衝撃のすごさを生で見る訳ですが、いまでこそスポーツという概念がありますが、当時はスポーツというよりは格闘技という方が近かったように思います。
子供からするとこれがかけ事だということは理解できてない部分もあると思います。そういえば入場料は当時100円だったように記憶しています。当時立派な建物だったグリードームに入るのに随分安いなと感じていました。駐車場もえらく広くて驚いたものです。しかし周りに何もない所だったのは鮮明に覚えています。たしか新聞みたいなものを無料でもらったように思います。勿論競輪新聞だと思います
現在前橋ドームはそんな事もありましたが、風前の灯のようです。あのドームがあるから財政があっかするのだと群馬県民はいい蹴りと言ったところですが、私にとっては父との数少ない思い出のように思います。現在はスポーツとしてオリンピック競技としても活躍されている選手もいます。日本で生まれたスポーツと聞いていますので、是非これからはギャンブルという視点ではなくスポーツで楽しむ競輪になっていくのかもしれません。